■掲示板に戻る■ レスを全部読む 最新レス100

ライアー総合SS&小ネタスレッド

1 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2007/12/14(金) 21:29 ID:???
ここは歴代の嘘屋作品に関するSSや小ネタを、自由に投稿するスレッドです。

・ギャラハッドに斬られないよう、お互いにエチケットは守りましょう。
批評の範囲を超えた煽りや職人への攻撃は禁止。

・喝采が無くても泣かないこと。

・職人はクロスオーバー作品や原作を激しく逸脱するオリジナル追加設定は、
時に不快に思う人がいることも認識しましょう。
 職人が作中に登場するようないわゆる“ドリーム小説”は、ほぼ受け入れられないと思った方が無難です。
どうしても書きたい時には独自にスペースを用意してそこで発表しましょう。

・ネタバレに注意。

107 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:21 ID:???

「それに、たまにはこういうのもあたしはアリだと思うけどな。ほら、今までイズーと
こういう時間、なかなか取れなかったろう」
 目を細める。ゲームに気付いていないとは言え、さすがに捨て置けない言葉だった。
「呑気にも程がある。私の下船予定時刻が迫っているんだぞ。スケジュールが狂えば、
私だけではなく多くの者が迷惑を被る」
「良いじゃん。そんな急いで降りることはないって。二日ぐらいずらしちゃえよ」
「無理だ。スケジュールがあると言ったろう。それに部屋はもう引き払った」
「あたしの部屋に泊まっていいぜ。あたしのベッドはキングサイズだから、二人で寝ても
余裕なんだ」
 イゾルデの顔を覗き込むように、ニコルは床にしゃがんだ。
「……まぁちょっと掃除が必要だけどな」
 ニコルの部屋―――そう言えばイゾルデは彼女の私室を訪ねたことがなかった。ニコル
に限らず、あまり他人の部屋に招かれた経験がない。イゾルデもまた、ルネ以外の友人を
私室に招くことは少なかった。興味がないと言えば嘘になるが……。
「アンリエットが入り浸っているような部屋だからな。泊まる気にはなれん」
 ソーダーが気管に入ったのか、ニコルは激しくむせた。
「な、何だよそれ。変な想像するなよ」
「変なことをしているのか?」
「そ、それは……」
 語尾を濁らすニコルを見て、イゾルデは声を出さずに笑った。
 昔では考えられない光景だ。あの頃は年下のニコルにいつもやり込められていた。どんな
反逆もしれっと回避されてしまった。当時の自分は愚直なまでに単純だったから、さぞ扱い
やすかったことだろう。ことある事にニコルに突っかかっていたあの日々が、懐かしくて
仕方がなかった。黄金色の過去はイゾルデの心の棘を徐々に取り払ってゆく。
 幼なじみの控えめな笑顔を見て、ニコルもまた口元を綻ばせた。
「ちょっとは機嫌治してくれたかい。良かった良かった。口元をへの字にして、こーんな
顔して黙り込んでいるんだから、気まずいったらありゃしなかったよ」
「……別に私は怒ってなどいない」
 ただニコルの馬鹿さ加減に憤っていただけだ。―――いや、そうか。ならば、怒って
いたということになる。イゾルデは苦笑した。メディチに染まった自分の中には、もはや
神秘など存在せず、全ては理解の下にあると思っていたが、未だに自覚できない感情があ
ったのか。

108 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:22 ID:???

 ニコルへの苛立ち。不機嫌の理由。説明を求められても、言葉にするのは難しかった。
占拠事件―――天京院やニコルにはああ言ったが、イゾルデの本心は「好きにしろ」だ。
批難する口実は無限に用意できるが、それを駆使する理由が無かった。愉快だとすら思っ
ていた。連中を見ていると「面白い」のは認める。芸術は常に彼女たちを愛した。
 だが、自らもまた卒業する立場だというのに、健気に天京院を気を使うアイーシャ――
―そんな彼女の優しさを疎んじる天才や、勝手に占拠事件なんて始めた癖に、いざイゾルデ
が船を降りる段になって「なんで教えてくれなかったんだ」と言いがかりをつけるニコル
を見ていると、無性に心がざわついた。苛立ちが募った。
 アンリエットは勝手だ。天京院も勝手だ。……ニコルも勝手だ。
「イズーは勝手だ」
「……なんだと?」
 お前にだけ言われたくない。つい言葉を荒げる。
「いいや、勝手だね」
 ニコルも退かない。空になったグラスを強く握り締めた。
「何でも自分一人で決めちまう。今回のことだってそうだ。なんで、そんな逃げるように
船から降りるんだい。あたしはあんたに、お別れすらしていなかったんだぜ」
 逃げるようにだって? 馬鹿げている。
「手続きは正統なものだったし、私の下船は入学した頃からの決定事項だ。教師陣やメイド
達にもゆっくりと時間を取って礼を尽くした。ルネも前々から知っている。……お前が、
天京院の騒動にかまけて関知していなかっただけだ」
「だから、それって……」
 ニコルは顎を引くと、前髪で表情を隠した。
「あたしから逃げてるってことじゃないか」
 そうなのか? 不意を討たれたイゾルデは咄嗟に自問する。反論すべき場所だったが、
喉が渇いて言葉が出てこない。ライムソーダーを煽って、粟立つ感情を鎮めた。
 この私が逃げるなど、あり得ない。
 言葉に詰まったイゾルデを見て、ニコルは図星と判断したようだ。カッツォ、と忌々
しげに呻くと、立ち上がって冷蔵庫を再び物色し始めた。アルコールはないのかよ、と
不平をこぼしながら、残ったペリエをらっぱ飲みする。
「なあイズー。こんな……こんな中途半端な状態で、船を降りちまうのかよ。そんなの、
あたしはイヤだぜ。さっきの話、冗談でなくてさ。本気で考えてくれよ。一日ぐらい延
ばしたって……もっとちゃんとした、お別れをしたいんだ」
「無理だ」
 にべもなく断った。

109 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:22 ID:???

 ニコルは勝手に彼女が逃げてると決め付け、納得したみたいだが、イゾルデ自身はどう
も釈然としない。彼女の自我すらも凍えさせる鉄血の理性が、確かにこの幼なじみを避け
ようとしていたと認めていたが「逃げた」などと言われると反感を覚える。
 大体、中途半端とは何だ。どうすれば十全な別れになどなるのか。
「明後日にはプラハで人と会う約束をしている。今日中に発たなくては間に合わない。
スケジュールは崩せない。崩すつもりもない。私の下船は予定されていたことだ」
「そこをなんとか!」
「無理だ」
「どうしても?」
「無理だ」
 ニコルの表情が一変した。
「……そうかよ」
 空き壜をコンソールテーブルに置くと、ニコルは俯いたまま黙り込んだ。何事かを考え
ていたかのようだが、十秒と経たずに顔を上げる。イゾルデに向き合った。ソファに座っ
ている彼女を睥睨する恰好になった。
 自分に臆すること理由はない―――メディチの後継者もまた、怜悧な瞳で睨み上げる。
眼光の鋭さでイゾルデに勝てる者などいないが、前髪から覗くニコルの碧眼にも確たる
決心が見えた。
 エレベーターが緊張で満たされてゆく。沈黙は苦痛ではないが二人に相応しくもない。
なぜ、こんなことになっているのか。イゾルデには理由も原因も分からない。ニコルの
言い分によれば自分の所為になるが、船を降りるのは予め決定していたことだ。天京院
のように唐突に言葉を翻したわけではない。批難される謂われはなかった。
「……だったら、もうあんたには頼まない」
 ニコルは緩慢な動作でスカートのポケットに右手を突っ込んだ。何を取り出したのか、
抜かれた右手はイゾルデの目線に持ち上げられ、強く握った拳はゆっくりと解かれる。
 五指が開いた。ニコルの手の平―――クロム色が鮮やかなキーが視界に飛び込んだ。
 四列に渡って穿たれた複雑なピンの紋様は、まるで西洋剣の血抜きの溝のようで、中世
の刑吏が用いた処刑刀(エクスキューショナーズソード)を彷彿させた。
 このタイプの電子キーは見覚えがある。一時間ほどに前に、エレベーターホールでルネ
がやはりポケットから取り出し、パネル下部の鍵穴に差し込んだ―――

110 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:23 ID:???

「……ニコル、貴様」
 ゲームクリアに繋がる、文字通りの「鍵」―――ニコル・ジラルドが握っていた。
 フィレンツェの下町っ子は踵を返すとドア脇の操作パネルに歩み寄る。カバーをスライド
させ、剥き出された鍵穴に電子キーを差し込むと―――捻らずに引き抜いた。
「やっぱ、これがそうなのかい」
 ニコルは指で弾くと、空中でキャッチした。
「あんたが今日、船を降りるってルネから聞いたときに渡されたんだ。『この鍵があれば、
イズーはいなくならないよ』って。あの時は何のことかまったく分からなかったけど……
まさかと思ったら、案の定だ」
 なあ、イズー。淡々とした口調で呼びかけてきた。感情を押し殺しているが故に、より
悲痛に響くニコルの声。イゾルデはいつも通り「なんだ」と憮然と応える。
「これってまったく面白くない話だよな。だってルネはこの鍵を必要ないって言ったんだ。
あいつは……あいつはあんなにイゾルデ・メディチに惚れ込んでいるのに、この鍵を使おう
ともしなかったんだ。どうしようもなくワガママで、自分の好きなことしかしようとしな
いあいつがだぜ? あたしは普段から、あいつのことをガキだガキだって馬鹿にしていた
けど……何だよ。こういうのぜんっぜん面白くないよな」
 ニコルは電子キーを握り締めると、胸に押し付けた。
「―――あたしはこの鍵をルネみたいに手放せない」
「ニコル……」
 イゾルデは悟った。ルネ・ロスチャイルドが意図したゲームの目的。彼女は如何なる理由
で、こんな迷惑極まりない密室ゲームを企てたのか。全て悟った。当惑するはずだ。理解が
及ばないはずだ。クリアの手段が思い付かないはずだ。
 ―――なんて事はない。このゲームの主役はニコル・ジラルドだったのだから。

111 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:24 ID:???

 ランカスターがルネを人質にとったのは、イゾルデに余計なことをさせないためだ。この
ゲームはニコルがクリアするために仕掛けられている。豪華王の後継者はニコルを釣る餌に
過ぎなかったというわけだ。
 ルネやランカスターが望んでいる展開。恐らくだが、ニコルが自発的に鍵を渡すこと。
イゾルデの卒業を見送る、イゾルデの下船に納得する。そう覚悟したとき扉は開かれる。
 少なくともランカスターは、イゾルデが力ずくでニコルから鍵を奪うような無様な真似
をしないと見抜いている。暴力で解決するのは矜持が許さない。ニコルを床に押し付けて、
彼女の手から鍵をもぎ取るなんて考えたくもなかった。そんなことできるはずがない。
 イゾルデは怜悧だが計算高くはなかった。自分の中で燦然と輝くルールを曲げてまで、
目的を遂行しようとする「生き汚さ」に欠けている。意固地過ぎて損をするタイプだ。
 自覚はしていたが、まさかこうま的確に突っ込まれるとは―――さすがはランカスター
と言わざるを得ない。こんな下らない茶番で、イゾルデの自由を奪える女はポーラースタ
ー広しと言え彼女ぐらいだ。やはりメイドの身で終わらせていい女ではない。
 だが、称賛で済むと思うなよ。イゾルデは奥歯を噛み締めた。「大切な友人の気持ちに
決着をつけるため」なんて綺麗な言葉を使ったところで、彼女たちがニコルを玩具にして
いる事実は変わらない。全ての矛盾は解かれるべきなのか。あらゆる諍いは解決されるべ
きなのか。イゾルデはそうは思わない。人の関係は方程式ではないのだから。
 自分があのまま船を降りていれば、ニコルに恨まれたかもしれない。だがその代わりに、
ニコルを痛めることもなかった。いま彼女は自分のエゴを痛感して自責の海に漂っている。
身を炙られる酸の如き海だ。俯いたニコルの表情は沈みきっていて、怒りよりも悲哀を多
く感じさせた。―――こんな下らないゲームなど用意しなければ、彼女が斯くまで傷む
ことはなかったはずだ。
 イゾルデはソファから立ち上がった。
「悪いが私を予定を違える気はない。船は今日、必ず降りる」
「イズー……」
「だが、お前が私に鍵を渡す必要もない」
「え?」

112 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:27 ID:???

 ニコルは咄嗟に顔を上げる。イゾルデは見た。ラピスラズリの瞳が、滲んだ涙で輝いて
いる。胸が疼いた。彼女を泣かした者には、相応の報いが必要だ。
「こうすれば良いだけだ」
 ドアの脇まで歩み寄ると、躊躇うことなく緊急ボタンを押し込んだ。人質のルネ―――
今やその価値は失った。自分は天京院のように甘くない。悪ふざけにも限度がある。
 だが、ボタンを何度押し込んでもブザーは鳴らず、エレベーターも沈黙を守ったままだ。
管理部と繋がるはずのスピーカーも黙り込んでいる。
「馬鹿な!」
 イゾルデの読みは外れた。このエレベーターは完全に外界と遮断されている。ランカスタ
ーは、ルネが人質の効力を失うことまで読んでいたのか。だとしても、なんて危険な真似を
するのか。外界との連絡手段が無ければ、不足の事態に対処のしようがない。
 もはや冗談で済む問題ではない。イゾルデは腰から短剣を抜き放った。ポンメル(柄頭)
に紋章入りの装飾があしらわれた、儀礼用のダガーだ。イゾルデはこの短剣を、学園側から
の特例許可を得て携帯していた。殺傷能力を追求した武器ではないため使い勝手は悪いが、
刃物であるという事実に変わりはない。ドアの隙間に切っ先を刺し込んだ。
「お、おい。何してるんだよ」
 ニコルは戸惑っている。当然だ。ダガーの刀光は無情で、嫌が応にも緊張を引き立てた。
「こじ開けて防犯装置を作動させる」
 それまでオフにしていたら、天井を破って這い出ればいい。
「ゲームの時間は終わりだ」
「そ、そこまで……」
 背後でニコルが何事かを呟いたが無視した。ブレードを上下させてドアのストッパーを
探すが手応えはない。エレベーターの構造などイゾルデは知るはずがないのだから、動き
もいまいち要領を得なかった。
 こういう人に自慢できない工作技術はニコルに分がある。
「ニコル、お前も―――」
「……ああ、そうかよ。よーく分かったよ」
 手伝え。そう言いかけて言葉を飲んだ。背中に注がれる視線に、並ならぬ熱を感じた。
「イズー。あんたはそこまでして、船を降りたいってワケだ。ナイフを突き立てて、エレ
ベーターぶっ壊して、何がなんでも出ていきたいってワケだ」
 ドアの隙間から短剣を引き抜くと、ニコルと向き合った。

113 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:28 ID:???

「……なぜ、そうなる」
 抜き身の刃を提げているのは危険だから、鞘に納めた。
 ニコルの瞳―――隠しようのない怒りと屈辱で支配されていた。裡ポケットの疼きが
再燃する。そんな眼で私を視るのか。ニコルの手から鍵を奪うような真似はしたくないか
らこそ、三年間一度として鞘から抜かれることのなかったメディチの短剣を構えたのに。
「私を責めるのか、ニコル」
「そうじゃない。あたしはただ!」
 鍵を握り締めたニコルの拳。コーヒーテーブルを叩いた。水槽の水面が揺れる。
「時間が欲しいんだ。あんたにまだ、船を降りて欲しくないんだ……」
 少女は膝を折ると、その場にずるずると崩れ落ちた。背を丸め膝を抱える姿はまるで
胎児のようだ。ゲームの主人公はニコル―――改めて、ルールの巧妙さに歯噛みする。
ニコルはこの監禁の責任は自分にあると錯覚している。自分が、イゾルデを閉じ込めて
いるのだ、と。誤解を正すのは難しい。ニコルはただ巻き込まれただけと理解させるため
にも、自力で脱出すべきなのだが―――彼女を放置して自分一人立ち去っても、何の解決
にもなりはしない。イゾルデは無表情にニコルを見下ろしたまま、言葉を紡いだ。
「……ニコル。私は理解できない。天京院の件にしたってそうだ。私たちの卒業は分かり
切っていたことだ。ここはネバーランドなどではなく、三年制の学園だ。お前もやがては
船を降りる日が来る。来年になれば、アンリエット達が―――」
「言うな!」
 イゾルデは肩を震わせた。それほどまでにニコルの言葉は激しかった。一度として、
聞いた覚えがないほどに。
「頼むから、それ以上は言わないでくれよ」

114 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:28 ID:???

「……」
 返す言葉もない。イゾルデは無言でソファに座った。
 腕時計で時刻を確認する。正午を迎えていた。ランチはもう到着している。あと一時間
もすれば、船員はイゾルデと連絡が取れないことに気付く。ルネが貸し切っているエレベ
ーターが真っ先に疑われるだろう。
 だが、緊急ボタンすらも機能停止させていたことを考えるとタイムリミットについても
手は打たれているかもしれない。ニコルが鍵を渡すまで一週間でも一ヶ月でも閉じ込めて
おくつもりか。まさか、そんなのは狂気の沙汰だ。
 落ち着け、と言い聞かす。自分が囚われてから、まだ一時間程度しか経過していない。
ゲームのことは当面、忘れるべきだ。それより優先して考えることがある。
「……ニコル、これは質問だが」
 顔を伏せたまま反応しないので、言葉を続けた。
「私を船に残して、どうする」
 こういう質問を平気で口にできる自分は、寂しい人間なのだろう。が、純粋な疑問で
あることは確かだ。船に残ったところで何が変わる。
「―――イズー、あんたは本当に、何も感じないのかよ」
 ニコルは顔を上げようとしてくれない。
「あんたが船を降りちまったら……あたし達は、もう……」
「……」
 彼女の言わんとしていることは、分かる。
 自分はルネのように鍵を手放すことができない―――ニコルはそう言ったが、果たして
彼女と同じ状況に置かれた場合、ルネは同じように鍵を渡すことができただろうか。納得
してイゾルデを見送ることができただろうか。
 ロスチャイルドとメディチの付き合いは十年後も二十年後も続く。ルネとイゾルデの縁
が切れることはない。―――だがニコルの場合は違った。
 ジラルド家は非合法事業から手を引いたとは言え、シチリア島から流れた狭義のマフィア
だ。対する再興メディチ家の頭首、つまりイゾルデの父は検事から上院議員へとイタリア
政界に食い込み、将来的には首相の座を狙っている政治家だ。ヨーロッパに蔓延る犯罪組
織と徹底抗戦する意思を、十年前から変わらず掲げ続けている。イゾルデも含め過去数十
度テロや暗殺の恐怖に脅かされているが、マフィア連中に対する憎悪が衰えることはない。
 イゾルデもまた法学に関わる身として、いずれヨーロッパを蝕む幼児ポルノ産業を壊滅
させたいという志があった。手堅い資金源だった麻薬ビジネスが崩壊しかけている現在、
ユーロ・マフィアは少年少女を食い物にした幼児ポルノ産業に自らの生命線を委ねている。
 マフィアの倫理観や名誉意識は半世紀前、ラッキー・ルチアーノがシチリアに戻ったと
きに消滅してしまった。彼等を犯罪に走らせる理由はたった一つ。カネ(ソルディ)だ。
 マフィアはイタリアの歴史だ。だが、同時にイタリアを腐らせた癌でもあった。メディ
チの再生(ルネサンス)が、イタリア政界から闇を駆逐する。ジュリアーノから光を奪っ
た連中を、イゾルデは決して許さない。
 ニコルはマフィアの娘だ。どんなに父を唾棄しようとも、受け継いだ血を拒むことは
できない。そして政治家に高潔さを求める大衆は、珈琲の染み程度の汚れを排斥の餌に
する。下船してメディチの道を歩み始めれば、イゾルデとニコルは背中を向け合うしか
ないのだ。ルネとは事情が違う。
 船を降りれば、もうニコルとは会えない。

115 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:29 ID:???

「……イズー、あたしは後悔しているんだ」
 沈黙したまま何も言えないイゾルデとは対極に、ニコルは喉から溢れ出す言葉を制御
できないでいる。
「あたし、あんたと仲直りしてから今まで、離れ離れだった時間を埋め合わせるような
こと、何一つしてない。あんたとやりたくてできなかったこと、まだまだたくさんあるの
に……そう言うの全部先送りにして、結局今日を迎えちまった。悪いのはあたしだって
分かっているよ。ワガママだって言うのも分かっているよ。それでも、あたしはあんたに
いなくなって欲しくないんだ。このまま閉じ込め続けたら、もしかしたらイズーが卒業
することもないって……いつまでも一緒にいられるかもしれないって。そんなこと考えち
まうんだよ。―――はは、馬鹿だよねぇ」
 幼なじみの肩が、小刻みに震え始めた。表情は伏せられ、嗚咽を漏らさぬように、
「ニコル……」
 やはり彼女は馬鹿だ。どうしようもない大馬鹿だ。
 自分が下船した後のニコルとの関係。イゾルデは今日までその問題を考えないように
していた。問題その物から目を背けていた。「頭を捻り、心を悩ませたところで解決する
ものではない」と冷徹に割り切って思考を放棄してしまった。下船の日取りを告げず、
ニコルとの別れなどさして重要ではないと言いたげに振る舞っていたのも、問題の矮小化
を計ったからかもしれない。逃げたと非難されるのも道理だ。だが、それが一番賢い対処
法だとイゾルデは信じている。ニコルのように真っ向から悩み抜くのはあまりに愚かだ。
 だが、そう言う愚直さは嫌いではない。実にニコルらしいではないか。
「……イズー、あたしは知っているんだからね」
 ファーストの少女はようやく顔を上げた。瞳は前髪で隠れて見えないが、頬に涙の跡が
走っている。
「何をだ?」
 平素を装って問い返した。
「四月のアイリス・ステークスのことさ」

116 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:30 ID:???

 ぴくり、とイゾルデが動きを止めた。
 アイリス・ステークス―――牝の三歳馬のみによって競われるダービーで、ポーラース
ター・クラシック三冠の一つを担っている。船上で行われる競馬ではもっと規模が大きく、
当日は生徒の他に(もちろん女性だけだが)卒業生や生徒の保護者、ポーラースター財団
と縁のある者などが入場する一大イベントだ。世界の競馬愛好家のためにテレビ中継も
行われる。乙女の箱庭であり、俗世から隔離されたナネリー(女子修道院)でもあるポー
ラースター学園が唯一外部に門戸を開くイベントのため、その注目度は非情に高く、小国
の国家予算レベルの金が動くと言われている。出場馬の馬主になることは至上のステータス
で、今年行われたアイリス・ステークスの出場馬のうち三頭は学園の生徒が馬主だった。
イゾルデはその中の一人だ。
「さて……」極力、冷静を気取る。「あのダービーがどうした」
「あたしが『奇跡』なんて、そんな安っぽい理由で納得するような女じゃないってことは
知ってるだろ。あの時、セカンドのカステヘルミや乗馬クラブのシモーネがあたしに負け
たのは、あんたが裏で動いたからだ。イズーが握り潰してくれたから……」
「……知らんな」
 二ヶ月前に行われたアイリス・ステークスは、一年を通してH.B.Pでもっとも華やかで、
もっとも大掛かり祭典だったが、その騒ぎに乗じて陰惨な計画が多く企てられもした。
 地下カジノでのニコルの存在を快く思わない女生徒が、出来レースにニコルを引っかけ
て、破産―――退学させようとしたのも、そんな数ある事件のうちの一つだ。イゾルデが
察知しなければ、ニコルはまんまと罠にはまっていた。
 だが、あの事件の真相を知るものは船内でも極一部で、ニコルには「強運で勝った」と
思わせるように仕掛けたはずだ。……少し、彼女の勘を侮りすぎていたのかもしれない。
「……あのダービーには、財団の利権を掠め取ろうと企むジェノヴェーゼ・ファミリーが
絡んでいた。アメリカの移民マフィアは私が最も唾棄する存在だったし、『外』での大人
どもの争いを船に持ち込むような無粋な真似も、私は大ッ嫌いだ。だから潰した。お前の
ことは関係ない」
 イゾルデは淡々と語った。
「へー。だったらその二週間後に、アンリエットに振られたサードのアデリーヌが、うさ
晴らしのために、サロンの不良仲間と一緒にあたしをレイプしようとした件も? なんで
か知らないけど、実行されなかったんだよねぇ」

117 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:31 ID:???

「……」
「三月には、親父と敵対関係にあったカモッラのクルーが自主的に船を降りたよな。五月
にはあたしにぶん殴られたことを根に持って、PSに地下カジノのことをチクろうとした
アマンダが自主退学している。―――全部、あたしが関係していることなのに、全部あたし
が知らないうちに解決していた。これってどういうことなんだい」
「……」 
 黙り込むしなかった。どれもニコルに気取られぬよう、闇から闇へと屠ったはずだった。
入学してから一年も経たないルーキーには絶対に知る術がない方法で。
 イゾルデが露骨に敵を多く作るタイプなら、ニコルは知らぬ間に敵を生んでしまうタイ
プだ。前者はより激しい闘争に身を置くことになるが、陰湿さでは後者が勝る。ニコルの
無邪気さを疎ましいと感じてしまうような、陰に親しむ女はポーラースターにも多い。
 そういう卑屈な連中がイゾルデは許せない。だから潰した。それだけだ。自分の卒業
とは何の関わりもない。
「分からないのかよ、イズー」
 まったく分からない。
「……あたしはあんたに、世話になってばかりで―――あたしからあんたには何一つして
やれてないってことだよ! このままあんたが船を降りちまったら、ニコル・ジラルドは
借りを返さない女に成り下がるんだ!」
「そんなこと……」
 余りにどうでもいい。だが、イゾルデもまた借りたものは返さねば気が済まない性質
だから、ニコルの言い分も理解できなくはなかった。
「なあイズー!」
 ニコルは立ち上がると、ソファに詰め寄った。
「ジュリアーノの件だってそうだろ。あたしは、あんなにあんたを傷付けたのに……まだ
何の償いもできちゃいないんだよ。イズーはすました顔してさぁ、大人ぶっていれは満足
かもしれないけど―――あたしはイヤなんだ。あたしだって、あんたのために力になれる
ってことを証明したいんだ」
 もう何度胸裏で繰り返したか分からないが、それでも呟いてしまう。
 こいつは馬鹿だ。
「だから船を降りるな、と言うのか」
「……はん、おかしいよな? 笑ってもいいんだぜ。惨めな奴だって蔑んでくれよ。借り
を返したいなんて偉そうなこと言いいながら、あんたを閉じ込めるなんて矛盾だよな。
足を引っ張ってばっかで……笑って見送りもできないで……何なんだよ、あたしは」
 音もなく立ち上がった。優雅な動作で右手から手袋を外すと、ニコルに差し伸べる。
―――そのまま胸ぐらを掴み上げた。幼なじみの顔が痛みに歪んだ。構うものかと力に
任せて引き上げる。ニコルの矮躯。身長が足りず爪先立ちになる。
 互いの吐息が触れ合う距離まで顔を近付けた。
「いつまでも勝手なことばかり言っているなよ」
「い、イズー……?」
 ソファに投げ付けた。スプリングが沈み、ニコルの小さな身体が何度か跳ねる。クッシ
ョンに背を預けたまま、姿勢を直すことも忘れて呆然とイゾルデを見上げた。
 彼女の視線は無視して、冷蔵庫からガラス製のティーポットを取り出す。中味はタージ
リンティーのようだが、クリームダウンしているお陰で鮮やかな黄金色は失われ、白く
濁っていた。味は変わらないが見目が美しくないので、ミルクを足して誤魔化す。アイス
ミルクティーにしてしまえば、色など気にならない。 
 グラスの一つをニコルに受け取らせると、渇いた喉を潤した。
 一息をついてから、ようやく口を開く。いい加減この馬鹿に喋らせ続けるのも飽きた。
ここからは反撃のターンだ。自分勝手なのはどっちか思い知らせてやる。

118 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:32 ID:???

「―――ニコル、私と一緒に船を降りろ」
 二時間前、ランカスターに放った言葉を繰り返した。発言は同じでも、意味するものは
あまりに違う。ニコルの碧眼に動揺が走った。予想外の言葉に戸惑いを隠せないようだ。
「もしお前の望みが貸し借りをイーブンにすることならば、それが道理だろう。なぜ私が
スケジュールを崩してまで船に残らねばならない? お前が私と一緒に来い」
「そんなこと……」幼なじみの擦れ声が耳に痛い。「出来るわけないだろ」
「なぜだ? メディチの力なら、お前からジラルドという性を抹消できる。お前が何でも
ない、ただの小娘になれば私との関係が騒がれることもあるまいよ」
「そんなことになったら、親父が絶対に許さない。あんたを殺そうとするに決まってる」
 鼻を鳴らす。「だから何だ?」とせせら笑った。
「私を誰だと思っている? メディチ上院議員の一人娘だぞ。お前は知らんだろうが、私
が入学した時、学園正門でシカーリの先輩が唐突に殴りかかってきた。まったく面識の
ないローマの女が、だ。欧州暗黒社会でメディチの名は最も忌々しく響く。今更、私の命
を狙う組織が一つ増えたところで何も変わりはしない」
 ニコルは黙り込んでしまった。別に構いはしない。返事など聞くまでもないからだ。
 自分は意地の悪いことをしている。ニコルを最も苦しめる誘いをしてしまった。大人げ
ないと自覚していたが、芽生えた復讐心が自制を許さない。アンリエットを選びながら、
自分にも未練を引き摺るなどあまりに都合が良すぎるではないか。あの頃とは違うのだ。
いつまでもニコルに振り回されているイゾルデ・メディチではない。
「ニコル」いつになく厳しい声音。「自分で決めろ」
 慈しむべき後輩であり、友情を誓った幼なじみであり、また自分に未知の世界を教えて
くれた先導者でもある少女の唇が、躊躇いに震えた。
「……イズー。あんた、強くなったよ。本当に、強くなった」
 昔はあんなにからかい甲斐があったのに、と呟く。
 イゾルデは含み笑いを漏らした。
「お前は弱くなったな、ニコル。あの頃は飢えた狼(ルーポ)のような鋭さがあった。
未知へと挑む貪欲な気概があった。だが今は、自分の世界を守るので精一杯だ」
「言ってくれるじゃないか……」
「原因ははっきりしている。私は今までも、これからも、独りだ。自己で完結するために
は強く在らねばならない。……だが、お前にはその必要がない」
 これからも独りだ。イゾルデはそう断言した。ニコルの返事は分かり切っている。
「―――あたしの負けだよ、イズー」

119 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:32 ID:???

 脆弱を甘受した少女は、電子キーを指で弾いた。クロム色の光芒が宙を舞う。弧を描い
て落下する密室の終焉をぱしりと右手で受け止める。
 こうなると理解していたものの、改めて現実を突き付けられると覚悟が揺らいだ。
 そんなにアンリエットが好きか―――怒鳴りたくなる衝動を押し殺す。ニコルが下船を
拒んだ理由は彼女だけではない。ハミルトンに始まる多くのクラスメイト―――そして
何より、このH.B.Pを愛しているから降りることができないのだ。
 イゾルデもまた、友を捨てるようなニコルは見たくなかった。だから、これで良い。
 エレベーターの脇に立つと、パネル下部の鍵穴に電子キーを差し込んだ。背中にニコル
の視線をひしひしと感じつつ、捻った。操作パネルに光が灯る。管理権が取り戻された。
エントランスへと繋がるB4階のボタンを押す。二時間振りにエレベーターは本来の役目を
思い出し、下降を始めた。
 ニコルは何も語ろうとしない。イゾルデもドアを見つめたまま振り返らない。まるで
このまま背を向けて、お別れだと言わんばかりに立ち尽くしている。
 最悪の門出だな、とイゾルデは自嘲する。ニコルが納得するよう一日か二日下船を遅ら
せて、その間にゆっくりと別れを惜しめば良かったのだ。ニコルに究極の選択を押し付け
て、自らのエゴを自ら否定させるよう仕向ける必要なんてなかった。彼女を想えば、妥協
すべきは自分の方だったのだ。
 だがイゾルデは自分を優先した。スケジュールの狂いを許せなかった。自らに課した
予定という名の枷を解けなかった。エゴイストはニコルかもしれないが、誰よりも自分を
愛し、自分だけに注意を向けるのがイゾルデ・メディチだ。厳格、怜悧、公正、無情――
―たいそうな評価だが、自分という器を保つため必死に足掻いているに過ぎない。
 アンリエットならどうしただろうか。きっと迷うこともなく、ニコルと残る道を選んだ
はずだ。逆にニコルが不安になって「もういい加減出て行け」と言われるようになるまで、
留まり続けるだろう。まったく愉快な奴だった。自分と対極の位置にありながら、愚直な
までの一途さだけは変わらない。だから自分は、あの女を芸術家と認めることができない
のだ。アンリエットもイゾルデ同様に芸術を庇護し、育む側の人間だった。
 目的階到着を告げるチャイムの音。一度だけ軽く床が揺れると、エレベーターのドアは
静かに開き、密室は消失した。
 エレベーターホールはドーム状で天井は緩やかな弧を描いている。薄暗い視界が利く
範囲で人気はない。天窓から自然光を取り入れているため照明は点灯しておらず、ホール
内は薄暗かった。
 ホール全体が天動説に基づく天球儀と見立てられているB4階のエレベーターホールで、
イゾルデたちが立つ第四番のエレベーターは「火星」の位置に当たる。床の中央に位置
するセピア色の地球を挟んで、イゾルデたちが乗るエレベーターから対象の位置に出入り
口が見えた。学園正門への道だ。陽光で溢れて外の様子は窺えない。
 イゾルデは前へと進みホールに出た。が、すぐに立ち止まる。
 背中を向けたまま口を開いた。
「―――アンリエットに捨てられたら、お前も全てを捨てて、私の下へ来い」
 ニコルの矮躯が震える。その気配が背中越しに伝わった。
「……待ってるぞ」
 脳裏によぎるヴェッキオ橋の情景。あの頃から変わらず、自分は待つ側だ。ニコルは
すっかり打たれ弱くなって、自分は黙って待ち続けるには力を得すぎたけれど、それでも
この関係だけは変えたくない。待つのは自分で、いつでも遅れてやってくるのがニコルだ。
 彼女の嗚咽なんて聞きたくなかったし、泣き顔を見るのもごめんだから、振り返らずに
進んだ。「Addio Nicolle―――」口の中で何度も呟きながら、エレベーターから、背中
に焼き付く視線から、離れていった。

120 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:33 ID:???


             * * * *
             
             

 イゾルデは、自分がニコルから逃げていたことを今では認めていた。
 何度も口にしたように、卒業は予め決定されていたことだ。イゾルデとニコルが卒業後
まで親交を保てないことは、二月の騒動以前から―――それこそニコルが入学した頃から
分かり切っていた。何のイレギュラーもない。全ては予定通り。
 そう、イゾルデは「こうなる」ことを知っていたのだ。「私が船を降りるのは当然だ」
と言うのなら、それに対するニコルの反発だって理解できないはずがない。認めたく無
かったが、イゾルデはこの別れを知っていた。知っていながら対処を考えず目を逸らした。
 つまり、逃げたのだ。
 許せよニコル、と胸裏で繰り返す。アンリエットが他人の裡側に自己を浸食させること
で自分を作り上げるなら、イゾルデは他人を突き放すことで外殻を保つ。ニコルは強い女
だが、部屋に閉じ籠もって、誰かが自分という扉をノックしてくれるのを待ってしまう
性質を持っている。積極性に欠けるというわけではない。世渡りだってうまいし、世故に
も長けている。ただ、心の奥底で誰かが迎えに来ることを待っているのだ。
 それは悪いことではなく、とてもいじらしい魅力だと思う。
 だが、イゾルデは他人のドアを叩くような真似はしない。あまりにも長い間、独りで
あり続けたため孤独を寂しいと思う気持ちが消えてしまった。だから、他人の孤独に寂寥
を見出せない。ニコルのドアを叩くことができず、彼女が待ちくたびれて飛び出すまで
逃げ続けてしまった。―――その結果がこれだ。
「……互いに待ちたがりなのだから、うまくいくはずもないな」
 自嘲をこぼしつつ、エレベーターからゲートを潜ってエントランスへ。
 H.B.Pはその巨大な全長ゆえ港に寄港できず、船内にランチ艇が発着する小さな港が
ある。それが学園正門―――左舷エントランスホールだ。天国へと昇る階段に見立てられ
たエントランスは、遙か高みに天蓋がそびえ、バロック様式の荘厳な装飾が施された柱が
何十本も突き立つ。さながら水に浮かぶ神殿で、上船の折には至高へと昇天する錯覚を
味わえるが、今日のように下船する時には追放者の哀哭が肩にのし掛かる。
 箱庭と外界とを結ぶエデンの門。イゾルデは楽園に背を向け、荒野を進む。 
 だが―――しかし、これはどういう事か。
「……何の冗談だ」
 そう呟かずにはいられない光景が、眼下に広がっていた。

121 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:34 ID:???


 潮の臭いが、鼻孔を刺激した。
 何千、何万という百合の葩(はなびら)がエントランスを舞台に舞い狂う。
 管弦楽の重厚な音の波が、空気を振動させながらイゾルデの登場を歓迎した。
 わっと歓声が上がる。踊り場を兼ねたテラスやキャットウォークにクルーや生徒―――
教師までもが押し掛け、ゲートに表れたイゾルデを仰いでいた。
 いつもの制服ではなく、藍色の礼装姿で全身をかためたポーラースター・セキュリティ
の一隊がエントランス最下層―――桟橋の手前で、整列している。ライフルを左手に控え
持ち姿は、まるで儀仗兵のようだ。
 見下ろす桟橋の先には、ランチが停泊していた。
 冷静を信条とするイゾルデも、これには戸惑いを隠せない。
 このお祭り騒ぎは、なんだ。卒業生の見送り? 馬鹿な。たった一人の生徒のために、
ポーラースターの儀仗隊まで動員するなんてあり得ない。三年間船に在籍したイゾルデ
だが、こんなイベントは初めて目にする。
「これは……」
「たかだかガキんちょが一人卒業するだけで何でこのあたしまで駆り出されなきゃいけ
ないんだっ。他の卒業生への示しっつーもんがつかないだろう」
 正装礼服に身を包んだ――しかしトレードマークのお下げはいつのままで――学園長
が、やれやれと嘆息しながらイゾルデの横に立った。
「イゾルデ・メディチ、あんたはなんだい? どこまでこのあたしを虚仮にすれば気が
済むんだい。卒業証書没収してナポリに追放してやろうか。おお?」
「学園長? これはどういうことですか」
 学園長は恨みがましく――若干の憎悪すら篭めて――上目でイゾルデを睨んだ。
「指導部からの要請だよ。ついでにPSと理事会、それに生徒自治委員会からもまったく
同じ注文が来た。ポーラースターに多大な貢献をしたイゾルデ・メディチには、盛大な
見送りを受ける権利があり、それを許可しないなら、あたしを海に突き落としてあんた
を学園長にしてやるってね。……学徒煽動にクーデター? 何なんだお前は!」

122 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:35 ID:???

 怒っているのか照れているのか明瞭としない学園長の後ろで、ジョアンナ女史が「当然
の権利です」と頷いた。ソフィア女史も「特別扱いで良いじゃないか。あんたは特別に
頑張ってくれたんだから」といつもの優しげな笑みを浮かべた。
 さすがのイゾルデも胸に詰まる思いがこみ上げる。
 楽隊が奏でる管弦楽の旋律に、一切の乱れなく整列するポーラースター・セキュリティ
のエリート達。百合の花弁が舞い踊り、去りゆくメディチの最後の姿を見ようと駆け付け
たクルーや後輩たちの歓声が響き渡る。―――H.B.Pが総出でイゾルデの門出を祝福して
くれていた。この壮大な光景は全て彼女のためだけに用意されたのだ。いくら大袈裟に騒
がれるのが好きではない性分とはいえ、斯くまで贅沢な独占行為を疎んじることなど出来
るはずがない。なんて派手好きな連中だと呆れつつ、胸裏は感謝の念で溢れていた。
「ロスチャイルドのお嬢さんを褒めてやってください」
 見送りに駆け付けた教師陣をすり抜けて、見慣れた顔がイゾルデの前に歩み出た。
「ペネローペ……」
 こんな恰好で失礼しますよ、と苦笑された。ランチタイムから抜け出してきたのだろう、
仕事着で見送りに来たことを彼女は恥じていたが、純白のコックコートにくるぶし丈の
サロン――― 一流のシェフ・スタイルは紛うことなきペネローペの正装だ。イゾルデが
不快になど思うはずがない。
「彼女が企画して、色んな委員会に嘆願したんです。なかなか面白い試みですよ」
「まったく気付けなかった。いつ頃計画されたんだ」
「四時間ぐらい前からでしょうか? さっきお嬢様と会った時には、私も知りませんで
した。急場にしてはよく人が集まったと思いますよ。まさに人徳という奴です」
 もちろん、あなたの。ペネローペはそう付け加えた。
「四時間前? 思い付きの範疇だ。無茶をする……」
「まったくだ」と学園長が悪態をついた。
「ほらほら、さっさと行くよ。こうやってPSどもが軍隊ごっこに浸っている間にも、あた
しの財布から人件費がどんどん出ていってるんだからね。せめて有給を消費してやらかせ
っつーの!」
「学園長ご自身が送迎してくださるのですか?」
「しょうがないだろ。あたしが一番偉いんだから!」
 この式典はイゾルデに対してポーラースターが敬意を表するために行われているのだか
ら、学園長が船を代表してイゾルデを見送るのは当然だが―――過分な栄誉に、さすがに
身が竦む思いだ。深く一礼して「よろしくお願いします」とだけ言った。
 学園長はイゾルデの左手につくと、さっさと歩き出す。ソフィア女史が「ごきげんよう」
と微笑んだ。イゾルデは深く頷くとポーラースターの化身とも言える女の背中を追った。
 PS儀仗隊が待つ最下層まで、長い階段が緩やかな弧を描いて続いている。途中のテラス
で、若き白百合―――後輩たちがイゾルデを待ち受けていた。

123 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:35 ID:???

 拍手で迎える乙女たちに挟まれて、万感の思いで絨毯を踏む。途中、見知った顔を認め
てイゾルデは足を止めた。本来なら栄誉礼を乱す非礼な行為だが、そこまで格式張った送迎
でもない。学園長も立ち止まって、無言で待ってくれた。
「……やってくれたな」
 イライザ・ランカスター。イゾルデがその名を口にすると、メイドの前に人垣を作ってい
た生徒たちがさっと横に割れた。立場を弁えて控えめに見物するつもりだったのだろうが、
名指しされた以上前に出るしかない。ランカスターはしとやかな足取りで近づいてきた。
 よく見ると、彼女の背中に見慣れた金髪の少女が隠れている。
「……ルネ。貴様にもまんまと嵌められた」
 びくり、と少女の肩が震えた。
 ランカスターは微笑を絶やさず、いつも通り感情を読ませない。
 イゾルデは嘆息した。
「おまえ達が望むような結果にはならなかったぞ。ニコルを余計に傷付けることになった。
まったく余計なお節介をしてくれたな。……この借りをどう返すつもりだ」
「あら、何のことでしょうか」
 ランカスターはしれっと言い放つ。
「わたくしは、メディチ様の下船予定時刻に楽隊の準備が間に合いそうになかったため、
ニコル様にエレベーターで足止めしてくださるようお願いしただけですわ」
「……まあ、そうだろうな」
 くつくつと喉を鳴らす。
 ランカスターの背中から、恐る恐るルネが顔を出した。
「……ニコルを傷付けたってどういうこと? あたし、余計なことしちゃった?」
「大したことではない。拒んだのはニコルだ。私が振られた」
「イズーが?! そんなのあり得ないよ!」
 それは残念ですわ、とランカスターが口を開く。
「メディチ様がニコル様を引き取って、一緒に船を降りてくださったら、わたくしは大変
都合が良かったのに。杏里様独占計画が早くも頓挫しそうです」
 ルネが目を丸めた。「そんなこと考えていたの?!」
 もちろん冗談でございます、とメイドは微笑む。
「彼女には待つと言った。それで十分だ」
 ニコルはギャンブラーだが自分は違う。負けると分かり切っている勝負に賭けたくなる
時もあった。
「……だが、」
 ガーネットの瞳で密室ゲームの首謀者を睨み付けた。
「ランカスター。お前を相手に待つような真似はしない。手加減など期待するなよ。いつか
必ず、そのメイド服を剥ぎ取ってみせる」

124 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:36 ID:???

 チーフメイドは嫣然とした表情を崩さない。
「それは期待せずにはいられませんね。わたくしも激しい方が好きですから」
「何それ?!」
 話の流れが理解できないルネは、ランカスターとイゾルデの顔を交互に見上げた。
「どういう関係なの!?」
 イゾルデは呵々と哄笑して二人から離れた。
 背後でルネがランカスターに問い質しているのが分かる。「ルネ様にはまだ早いですわ」
と適当なことを嘯く使用人に、子供扱いするなとルネは食ってかかっていた。
 さて、いつの間にあの二人は親交を持つようになったのか。イゾルデが知る限り、多数
のメイドがいる中で、ルネがランカスターと親しくするような縁は無いはずだ。思えば
二人が共謀して密室ゲームを仕掛けたのも意外だった。あの様子だとルネはだいぶランカ
スターに懐いているようだ。アンリエットの陰で、ファーストに絶大な支持を受けている
メイドがいるとは聞いていたが―――どうやらルネに対する後顧の憂いは必要なさそうだ。
 わざわざ待機してくれていた学園長に目で頷く。歩みを再開した。学園長は暫く送迎者
に徹してくれて、無言で進み続けたが「あ、そうだ」と言って立ち止まった。
「あっちには挨拶しなくていいのかい」
 彼女が顎で指し示す先には、ヘレナ・ブルリューカが立っていた。
 秀美な銀髪を三つ編みにしてシニョンのように後ろで纏めた髪型は、まめな性質の彼女
によく似合う。胸の位置で両手を組んで、イゾルデの送迎を眺めていた。
 突然、学園長に顎で指されて「はい?」と声を裏返す。
「メイドにばっかかまけてないでさー、後継者にも何か言ってあげるべきだろう」
「なるほど。では……」
 学園長は「そゆこと」と頷いた。
 隣に立つ黒髪のセカンドがヘレナの背中を押した。風紀の守護者は戸惑いながら、一歩
前に出る。「あ、あの……」緊張で声で上がっていた。何度もつっかえながら、ようやく
祝辞の言葉を口にする。
「そ、卒業おめでとうございます!」

125 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:37 ID:???

 彼女とは何度か言葉を交えたことがあった。親しい間柄ではないが才覚は買っている。
「ありがとう、ブルリューカ。だが、そう構えられてはかなわんな。来年は君がこのよう
に見送られる立場になるのかもしれんのだから、今の内に馴れておかないといけない」
 こんなん二度とやるか、と背後で学園長が叫んだ。
「そ、そんな。わ、私はこんな盛大に表敬されようなことしてませんから……」
「これからやるのだ。私が自治委員会を代表して、来期の委員長に君を推薦させてもらっ
た。学園長は受理するつもりでいらっしゃる」
「え、えええー!? そ、そそ、そんな私が……」
「―――あら。ここは『光栄です』と意気込む場面でしょう?」
 おめでとう、と黒髪の少女がヘレナの肩を叩いた。癖の強い黒褐色の髪とは対照的に、
石膏像の如く白い肌。緊張感のある秀麗な眉目には見覚えがあった。
「君は確か……」
「クローエ・ウィザースプーンです。こうしてお話しするのは初めてですが、前々から
お会いできたらと思っていました。生ける歴史を最後に見送れて光栄です」
 ああ、と頷く。ニコルや天京院同様、アンリエットに孤独を侵された者の一人だ。
「この船の設計者の娘だな。ニコルから何度か話は聞いている。……そうか、なるほど。
これは盲点だったな。お前を利用すれば、全ては解決する」
「……何か気になることが?」
 ウィザースプーンの表情が僅かに強張った。
「いや、少し疑問に思っていたのだ。あのエレベーターに電子盗聴機の類は無かった。
にも関わらず、なぜ緊急装置を切るような危険な真似をしたのか。ランカスターらしく
ない無謀さだが―――どうやら私が気付けなかっただけのようだ。電子機器を用いずと
も、盗聴する手段はあったのだな」
「……私には分かりかねるお話です」
「よく間に合ったな。左舷上層寮―――セカンドの宿舎から、ここまでの道のりは遠か
ったろう」
「……」
 顔には出さないが、気配でたじろいでいるのが分かった。ランカスターほど図々しく
はなれないようだ。

126 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:37 ID:???

「そう! そうなんです」
 矛先が逸れたことを知ったヘレナは、委員会の話を流そうと必死にまくし立てる。
「クローエったら、イライザと一緒にずっと部屋に篭もっていて。私は何度も、一緒に
先輩の卒業を見送りましょうと誘ったんですけど……ついさっき、ようやく顔を見せたん
です。騒々しいのが嫌いだから来たくないのかと思ったら、そういうわけでもないみたい
ね? 本当、難しい子なんです……」
「あなたね……」
 クローエは横目でヘレナを睨んだ。
「恨むわよ。あとで覚えてなさい」 
 構わん、と手で制する。盗聴の仕掛けが分かったところでどうこう言うつもりは無か
った。無粋な電子盗聴器に対する警戒ばかり強めて、アナログへの対抗策をまったく考え
ていなかった自分が迂闊だったのだ。いい経験になった。
 来期委員長を支えてやってくれ。クローエにそう言い置いて、階段を降りた。「ああ!
私には無理よ」とヘレナが蹲っている。苦笑しつつ、先導する学園長に問いかけた。
「彼女にあなたの相手が務まりますか」
「むしろ大期待だね。今年の委員長が何でも完璧にやっちゃうつまらない奴だったから
さー、来期はその分だけ遊んであげたいよねー」
 それは哀れとしか言いようがない。
 階段を降りきると、儀仗隊が二人を迎えた。指揮官がサーベルを抜刀してブレードを肩
で背負うと、それに倣い礼服姿のPSたちは一斉に捧げ銃の敬礼を行う。一分の乱れもなく、
見事なまでに均整が取れていた。「こいつ等はこれがやりたくて仕方ないんだよ」と学園
長は溜息を吐いた。
 桟橋に辿り着く。小型艇はエンジンに火を入れて待っていた。純白のボディが陽光に
反射し、イゾルデの目を眩しく貫く。学園長は立ち止まると振り返り、腰に提げた和泉守
を抜いて敬礼した。見送りはここまでと言うことだ。
 ランチに乗り込もうとタラップに足をかけた時、頭上から声がかかった。
「……やあ、待っていたよ」
「天京院?」
 潮風に白衣の裾を揺らす天才の姿があった。手を差し伸べてきたので、遠慮無く握る。
引き上げられ、ついにイゾルデは船上の人となった。

127 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:38 ID:???

「どういうことだ。私と一緒にポーラースターを降りるつもりか」
 まさか、と天京院は肩を竦めた。
「ランチの調子が悪いと聞いたから、調整を手伝っていただけさ。どうも人手が足りなか
ったみたいだからね。余計なお世話だったかな」
「いや、感謝する。迷惑をかけたな」
 天京院はデッキから正門の光景を仰いだ。降りしきる百合の葩(はなびら)に、楽隊の
奏でる行進曲。止むことのない生徒や教師たちの拍手や歓声。さすがだな、と呟いた。
「私も三年間いたが、ここまで盛大な見送りは初めて見た」
「些か大仰ではあるがな」
「君だからこそ許される。メディチの名に相応しい門出だ」
 天京院は俯くと数秒だけ考え込んだ。恥ずかしげに鼻をかく。
「……さっきのことを謝っておこうと思ってね。怒鳴ったりして悪かった」
「構わない。挑発したのは私だ」
「君の言葉には色々と考えさせられた」
 エントランスを臨みながら、天京院はゆっくりと――しかし確たる声音で――言った。
「……私も覚悟を決めたよ。明日、船を降りる」
「ほう? いいのか」
 ああ、と悩める天才は頷く。
「このままずるずると船に残り続けても、どうなるわけではないからね。結局、杏里の
ペースに乗せられてしまっている自分に気付いたんだ」
 言葉ほどの力強さは無かった。覚悟を決めたところで迷いが消えるわけではない。割り
切らなければならないと理性が認めつつ、彼女はこの先もあらゆるしがらみに悩まされな
がら生き続けるのだろう。目に余る不器用さ加減だ。

128 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:39 ID:???

「天京院、一つ訊ねてもいいか」
「ああ、構わないよ。なんだい」
「『私と一緒に船を降りてくれ』とは言わないのか」
 天京院はイゾルデの横顔を瞠った。
「……それは思い付かなかったな。確かに、杏里なら考えてくれるかもしれない」
 でも無理だよ、と続ける。
「それを言えないから、私はこうして苦しんでいるんだ。情けない話だがね」
 だろうな。声に出さずに同意する。
 それに、その台詞は言うと断られるジンクスがあるみたいだから、却下した天京院は
賢明だ。アドバイスではなく単純に好奇心から訊ねたに過ぎない。
 天京院は桟橋に降りると、白衣のポケットに両手を突っ込み思案顔でイゾルデを見上
げた。口を開いたと思ったら閉じ、何度も口内で反芻しながら言葉を紡ぐ。
「……君は下船したら、フィレンツェに直帰するのか」
「いいや、暫くイタリアに帰る予定はない」
 そうか、と天京院は曖昧に頷く。
「これはアイーシャの提案なんだが……」
 陽光が眼鏡に反射し、瞳を隠した。
「彼女もシンガポールに帰らず、三週間ほどギリシャに滞在する予定らしい。エーゲの島
を一つ貸し切って身体を休めると言っていた。―――どうだ。君も遊びに行く気はないか。
彼女はかなり張り切って招待するつもりだ」
 卒業旅行というわけか。ふむ、と顎に指を当てた。スケジュールは一年先まで組まれて
いる。それを理由に、ニコルの嘆願を振り切りもした。予定は忠実に消化しなければなら
ない。だが、青い海に蒼穹の空、そして純白の建築物―――地中海に住まう人間として、
なまじっかエーゲ海の魅力を知っているからこそ、その誘いには抗い難い。
 何より卒業旅行という俗っぽさが気に入った。
「良いだろう」
 まるで何かの契約を結ぶかのように事務的に答えた。
「明後日にプラハで面会の予定がある。それを終えたら、真っ先に向かう」

129 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:39 ID:???
「そうか。それは良かった」
 天京院の表情に安堵の色が浮かぶ。
「アイーシャもきっと喜ぶ。あとで私から伝えておこう」
 そうしてくれ、と返事した。
「しかし意外だな、天京院。こういう類の歓楽は私よりもお前の方が忌避しがちだと思っ
ていたが……良いのか。エーゲ海の陽射しは鋭いぞ」
「私は強制みたいなもんだ」
 天京院は苦笑するが、アイーシャにそんな強引さはない。無理矢理招待された。そう
自分に言い聞かせておいたほうが、動きやすいのだろう。本当に難儀な奴だ。
 天京院は一度日本に帰ってからギリシャに向かうと言った。私室に置いていく研究機材
が、アンリエットたちに弄られていないか気になるらしい。「我が子を残して、帰郷する
ようなもんだ」と呻く。アンリエット達とてさすがに弁えているだろうから、悪戯を仕掛
けたりはしないだろうが、彼女たちの場合は「うっかり」がある。油断はできない。それ
が天京院の言い分だ。船への未練が露骨に見て取れて、イゾルデは苦笑せざるを得ない。
 天才は白衣を風に揺らしたまま、盛大な見送りが続くエントランスを見つめ続けた。
眩しそうに、目を細めて。―――明日は彼女がイゾルデの立場で桟橋に立つ。着実に迫
る夢の終わりに、想いを馳せているのだろう。
 ふとその秀美な眉に皺が寄った。
「……なんだ、あれは」
 つられてイゾルデもエントランスに向き直る。飛び込んだ光景―――「ほう」と吐息を
漏らした。口端に喜悦の笑みが走る。
 天京院の訝しんだ理由。イゾルデの笑みの正体。―――キャラメルブラウンの髪を振り
乱して、階段を駆け下りるニコル・ジラルドの姿があった。
 生徒や教師の人垣をかき分け、PSの制止を振り切る。「なんだぁ」と学園長が声を尖ら
せた。今にも腰の和泉守を抜きかねん勢いだったが、イゾルデが無言で頷いたため渋々
姿勢を正す。階段から桟橋に降り立ったニコルは、息を荒げながら歩み寄った。
「イゾルデー!」
 擦れた声で叫ぶ。
 胸を上下させて酸素を貪る幼なじみの姿を見て、イゾルデは失笑する。鈍足の癖によく
よく走るのが好きな女だ。

130 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:40 ID:???

「おい! なんで、君がここにいるんだ」
 呼吸を整えるニコルの前に、天京院が立ちはだかった。
「ニコル。君は私の部屋で立て籠もっているはずだろう。どうして外に出られるんだ」
「悪いね、カナエ。今はそんなことどうでもいいんだ」
「どうでもよくはない!」
「いや、どうでもいい」
 ランチ艇のデッキに立つイゾルデが背後から口を挟んだ。
「天京院、悪いが外してくれないか」
「……」
「どうでもいい」と断ぜられたことがよほどに気に障ったのか、悩めるプロフェッサーは
白衣の裾を翻して桟橋から離れていった。足取りが荒々しい。「全然どうでも良くないぞ
……」と何度も呟いているのが、潮風に乗って耳朶に響いた。
「エーゲの碧天の下で待っている!」
 背中に声を掛けると、天京院は右手を上げて応えた。
 
「さて、」
 乱入者へと向き直る。タラップを降りたりはしない。船上から見下ろすイゾルデ。桟橋
から見上げるニコル。これが二人の距離だ。
「どういうつもりだ。別れは済ませたはずだが」
「相変わらずぬるいね、イズー。あんなので人の気持ちに決着がつくと思ったのかい」
 乱れた前髪から覗くニコルの碧眼。一つの覚悟が燃えていた。勝負師の目ではない。
負けず嫌いな性分が芽を出している。悪い兆候だ。
「滅多なことを考えるな」と牽制した。
「このままあんたとお別れって言うのは、どうにも気持ちが悪いんだ。頼んでもいないの
に保護者役を買って出られた挙げ句、あたしに礼の一つも言わさないで卒業? ふざけん
なってんだ。それであたしの気が済むもんか。あたしはあんたと対等でいたいんだ」
「その話は終わった」
「いいや、終わらせない。決めたよイズー、あたしは―――」
「やめろ!」
 声を荒げて制止する。
「学園長もいらっしゃるんだぞ。迂闊なことを言うな。理性を取り戻せ。ニコル・ジラルド
はしたたかなギャンブラーなのだろう。ならば、今からお前が言おうとしている台詞がどん
なに馬鹿げたことか分かるはずだ」
 にやり、とニコルは笑った。

131 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:41 ID:???

「そんな馬鹿げたオーダーをしたのはあんただ」
「お前はさっき、頷くことができなかった。自らの判断を悔いろ。それでお終いだ」
「考える時間ぐらいくれたって良いだろう」
 自棄になっている。イゾルデにはそう思えた。彼女にほえ面をかかせるために手段は
選ばないといった気勢だ。ニコルらしいが、賢明とは言えない。
 顎を持ち上げて、厳しく凝視した。
「お前の背中に広がる光景を理解できぬわけではあるまい。エントランスから、ウィーザ
ースプーンが、ブルリューカが、ランカスターがお前を見守っているぞ。天京院の部屋で
は、ハミルトン達だって待っている。彼女たちを裏切って、私とともに往くと言うのか」
 さすがにこの口舌は堪えたのか、ニコルは表情を歪めた。
「……あんたには借りがあるんだ。それを返し切るまで、帰れない」
 消極的な理由だな、とイゾルデは嘲笑う。
「アンリエットにも莫大な借りがあるはずだ。それはどうする」
「あれは返すもんじゃないから良いんだよ」
 自嘲を感じさせる皮肉げな笑み。だが、その奥に揺るがぬ信頼があることをイゾルデ
は見逃さない。
「……ずっと借りておきたいんだ」
 ふざけたことを言ってくれる。ありありと未練を見せつけられて、首を縦に振るとでも
思っているのか。大体、この女がアンリエットと別れられるはずがなかった。
「私はそんな言葉は信じない」
「信じさせてやる。あたしがだ」
 胸の焼き付きを押し殺す。
「―――それは私が機会をくれてやれば、の話だ。だが、私はいまさら遅れてやってきた
お前の要求を呑むつもりなどない」
 もちろん、そんな言葉で納得させられるとは思っていない。ポケットからコインケース
を取り出すと、時代がかった銀貨を一枚かざした。ニコルも見慣れているコインだ。
「私たちらしく、賭けで決着をつけよう。コイントスだ。シンプルで良かろう」

132 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:42 ID:???

「イズー。だって、それは……」
 オクタヴィアヌスの横顔が彫られたデナリウス銀貨―――の模造品。フィレンツェの土
産屋を漁れば一ユーロで二枚は買える玩具だ。作りが粗雑で重心も寄っているせいか、
酷くバランスが悪い。そのため、この偽銀貨を用いてコイントスをすると、僅かな練習
だけでオクタヴィアヌスの面を確実に伏せることができた。フィレンツェの下町っ子なら
誰もが知っている初歩的なイカサマだ。このコインを用いてコイントスをしようと持ちか
けられた場合、それはフィレンツェを知らない余所者だと見くびられているに等しい。
 かつて、イゾルデは何度もこのコインに騙された。種を明かされた時は、その単純さ故
に三日間ニコルと口を利かなくなった。「悪い悪い」と謝って彼女がくれたのが、いま
イゾルデが手に持つ偽銀貨だった。
 だから当然、ニコルもこの偽デナリウス銀貨を用いたコイントスが、何を意味するかは
知っている。ギャンブルに公平性など存在しないが、露骨なイカサマを見逃す道理もない。
「私は裏に賭ける」
 ラテン語で銘文が刻まれた面だ。普通に投げれば、まず間違いなくこの面が天を仰ぐ。
「私が負けたら、お前の好きなようにするがいい」
「……あたしが負けたら、船に残れって言うのかい? はん、冗談じゃないね。そのコイン
での賭けにあたしが乗るわけ―――」
「お前がトスしろ」
 コインを投げた。慌ててニコルは受け止める。前髪に隠れて見えないが、目は見開かれて
いるに違いない。―――彼女の腕なら、偽銀貨を用いて十割の確立で表面を空に向けさせる
ことができた。それどころか、ニコルはコインを投げ付けて相手が受け止めた面を操作する
ことすら可能だ。勝負に、ならない。
「イズー、何のつもりだ。これじゃあ……」
「お前が負けた時の条件は私が決める。船に残るだと? それは賭けの対象にならん。ファ
ーストのお前がサードまで船に残るのは当然の話だ。私が勝ったら、そうだな……」
 今までの緊張を霧散させるかのように、ぽつりと呟いた。
「……三ヶ月後にジュリアーノのコンサートがある」
「はぁ?」
「それに、招待させてくれ」
 コンサートと言っても発表会のようなもので、弟の他にも同年代のピアニストが多く
参加する。だがそれでも、光を失って以来ジュリアーノが初めて立つ晴れの舞台だ。
 弟がメディチの長男だったということは伏せられている。イゾルデも身分を隠して出席
しなければならない。だが、そのお陰でニコルを連れてゆくことだってできた。素性を
誤魔化して入場する少女が二人に増えるだけだ。

133 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:43 ID:???

「ジュリアーノもお前に来てもらいたがっている」
「何だよ、それは。あたしが勝ったら招待しないつもりかよ」
「当然だ」
「……イズー、あたしは真面目に言ってるんだぜ」
「私はいつだって真剣だ」
 ずりぃ、とニコルは呻く。イゾルデは傲慢な笑みを絶やさない。
 胸の焦げ付きがだいぶ静まっている。そこでふと閃いた。
「ふむ、そうだな。確かに、私が負けた場合、たいそうな荷物を背負い込むと云うのに、
お前が負けた場合のリスクは皆無に近い。これは公平ではないな。……もう一つ、私が
勝ったときの条件を示させてもらおう」
 あの時の写真を持っているか。そう訊ねた。ニコルは怪訝な顔をして「写真?」と問
い返す。サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場でジュリアーノとイゾルデとニコル
が、三人で写っている写真だ。三人が一緒に――いや、イゾルデとニコルの二人でも――
写ったた唯一の写真だった。
「ああ、これのことかい?」
 スカートのポケットからカードケースを取り出すと、一枚の写真を引き抜いた。持ち
歩いてくれていたのか……。胸に熱い何かが走る。
「これがどうしたんだよ」
「私が勝ったら、貰う」
「はぁ?」
 今度こそニコルは声を裏返した。
「絶対にイヤだね! あんた、自分の持っているだろ」
 ああ、と頷いて胸ポケットから写真を抜いた。胸の焼き付きの正体―――最後に自分の
部屋に寄ったとき、ライティングビュローで発見したものだ。ジュリアーノを中心に、三
人が肩を組んで笑みを投げかけていた。せっかくフィレンツェの観光名所で撮影したとい
うのに、レンズに接近し過ぎているため背景が判然としない。
 中央のジュリアーノの穏やかな表情―――控えめながらも心から愉しんでいることが分
かる。瞳には眩しいぐらいに希望が宿っていた。まだロウティーンだったイゾルデは、
戸惑いがちに微笑んでいる。対照的に、これでもかと云うぐらい快活な笑みを浮かべてい
たのがニコルだったのだが―――生憎と、イゾルデが持つ写真に彼女の笑いはない。
 顔の部分だけ四角に切り抜かれていた。
 ニコルを憎悪してやまなかったあの頃、怒りに駆られて行ってしまった愚かな行為だ。
今では後悔している。今朝、数年振りに写真を見たときには完全なものが欲しいとすら
思った。だから、要求するのだ。

134 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:44 ID:???

「いや、何だよそれ!」
 あまりに身勝手な交換要求にニコルは声を荒げた。
「勝手にあたしの顔を切り取っておいて、いまさら交換しろなんてどこの暴君だい。ネロ
皇帝だって、あんたに比べたら慈悲深いよ。まったく」
「しかたない。ニコルの顔が写っているのが、どうしても欲しかったからな」
 う……、と彼女の声が詰まる。ジュリアーノは失明したとき、狂乱した母がニコルの
写真をネガごと全て焼き捨ててしまった。だから弟もこの写真は持っていない。
「そんなこと言ったって、あたしだってこの写真は大事だってぇの……」
「私のにも、ジュリアーノと私は写っている。それともニコルはナルキッソスなのか?」
「そういう問題じゃない!」
「拒むのなら勝てばいい。あくまで賭けの景品なのだから。覚悟を決めたのだろう?」
 恨みがましい視線を幼なじみは投げ付けてきた。
 また逃げられた、とでも思っているのだろう。
 先に続き、またしても選択権はニコルの手に委ねられた。
 彼女が選び、彼女が決めるのだ。
 待つのはいつだって自分の方なのだから、それでいい。
 ここに至り、なおニコルが一緒に往くことを望むなら受け入れたっていいだろう。
 期待はしていないが、面白そうだとは思う。
 
 ニコルは小さく溜息を吐くと、コインを弾いた。
 ローマ帝国の通貨が陽光の海で踊る。
 階段の踊り場から、二人を見守る女神像をイゾルデは仰いだ。
 
 
   私にとってこの学園は、
   やがて世界に羽根を広げるメディチの足かけに過ぎなかった。
   勉学の精励も委員会の職務も、趣味のセイリングや享楽でさえ、
   全てはメディチに還元されるものと信じて疑わなかった。
   私の全てはメディチによって成り立っていた。それが絶対の秩序だった。
  
   一年前、秩序は乱された。
   わざわざ私に復讐の機会を与えにきた、愚かな女がいた。
   メディチに凝り固まっていた私に、無いはずの私憤を授けた女が、いた。
   思えばあの頃から、私の中で何かが輝きだしたのだ。
   それが黄金か否かは判断できないが、メディチとしても、イゾルデとしても
   ―――価値を認めずにはいられない。
  
  ……楽しかったよ、ニコル。
  
 落下するコインを、少女は右手の甲で受け止め、左手で蓋をした。
 潮風が背後から吹き抜ける。
 楽隊の演奏は未だ止むことはなく、参列者の歓声も絶える気配を見せない。
 ニコルは静かに、左手を上げた。
 イゾルデは瞼を閉じると、呟いた。

「―――Arrivederci.ci vediamo Nicolle」

 それは、もう春と呼ぶには遅いながらも、陽光うららかな日の別れだった。

135 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:44 ID:???

Epilog


 つまり、イゾルデ・メディチっつーのは自分勝手な奴なんだ。
 
 ナビゲート・スクリーン手前の段差に腰掛けたニコルは、イゾルデと交換した写真を見
つめていた。顔の部分をハサミで切り抜かれた上、ご丁寧なことにジュリアーノとニコル
が肩を組んでいる部分を境に折り目までついている。当時のイゾルデが、自分に対して如
何に憎悪を注いでいたかが分かる。
 徹底的に嫌悪され、忌避され、恨まれていたあの頃のことを考えると胸が痛んだが、
もう終わった話なのだから引き摺るような真似はしない。酒の肴にできてしまうぐらい
気持ちの整理はついている。良い思い出とは言わないけど、悲嘆に暮れることもない。
 けど、だからって、こんなんあたしに押し付けてどうしろって云うんだ。
 自分で切り取った癖に、怒りが収まったら「交換してくれ」だなんて勝手すぎる。彼女
は昔から強引で、自分が決めたことは絶対に曲げようとしなかった。
 うまくない。うまくないなぁ。そう自分を責め立てる。もうちょっと巧妙な立ち回り方
があったんじゃないか、と今では反省すら覚えていた。結局イゾルデに振り回されて終わ
ってしまった。こんな写真まで押し付けられて、自分の宝を奪われて「貸し借り無し」だ
なんて馬鹿げている。そんなのでニコルの気が済むはずないってことは分かりそうなもの
なのに、イゾルデは満足そうに出て行ってしまった。自分が納得できていれば、それでい
い奴なんだ。ほんと、自分勝手だ。
 そんな強情で身勝手なイゾルデ・メディチは、もう船にはいない。
 その現実に、明日から自分は耐えることができるだろうか。無理だ―――と太股を拳で
叩いた。イゾルデの下船はニコルにとって、怖れていた「現実」の到達だった。入学して
から一年間、保たれていた幸福な日常が壊れてしまった。あまりに苛酷な、現実。

136 名前:勝手に保管 投稿日:2008/03/04(火) 23:45 ID:???

「なん、だよ……」
 苦笑を漏らす。息苦しさを覚えるほど、胸が詰まっていた。
「待ってる、なんて勝手なこと言うなよな……」
 あたしは誰かを迎えに行くのが苦手なんだ。自分は自分、相手は相手のペースで生きて
ゆくのが好きだから、他人の腕を強く引っ張れない。ケツを叩くことはできても、後は背
中を見守るだけだ。一緒に走ったりしない。―――そこまで考えて、ニコルは「ああ」と
納得した。それはイゾルデも同じだ。彼女もまた、他人を牽引するような真似はしない。
 互いに待ち続けていても埒が明かない。どっちかが飛び出して、迎えに行くしかないの
だ。イゾルデはあの通り強情だし、ヴェッキオ橋の借りがあるから―――やっぱり自分が
動くしかないのか。楽じゃないなそれは、と頭を垂れる。
 イゾルデが去った。
 アイーシャはいま、エントランスで別れの真っ最中だ。一時間前の盛大な表敬に比べる
とあまりに質素で注目も薄いが、アイーシャに取っては千万の人に見送られるよりも価値
ある時間のはずだった。
 彼女が終われば、次はやっぱり天京院なんだろうか。
 そして、その次は―――
「あー、やめだ。やめ!」
 部屋に帰ろう。籠城中の天京院の私室だ。アルマが待っている。ニキが待っている。
アンが待っている。イゾルデはニコルの抵抗なんてまったく無視して降りてしまったが、
彼女たちの攻撃は続投中なんだ。部屋に帰って、続きをやろう。馬鹿な現実逃避だとは
分かっているけど、やらずにはいられない。
 だけど、その前に出迎えるべきカサノヴァがいた。
 柱廊の奥から、見間違えようのない人影が歩み来る。思ったより時間はかからなかった
ようだ。あっさりとしたもんだと思う反面、それを受け入れることのできたアイーシャの
強さに妬みも覚える。同い年のはずなのに、どうしてああも立派に振る舞えるのか。
「よっ」と声を掛けて段差から跳び上がる。日焼けした写真は、スカートのポケットに突
っ込んだ。イゾルデを相手に成功した試しは無いが、自分には「ニコル・ジラルド」とい
う役目がある。今はもうすっかり打ちひしがれて、一分だって続けられそうにないけど、
それでも恰好はつけなくちゃいけないんだ。
 腕を組んで、ちょっと小生意気な印象を人に与える笑みを浮かべる。前髪でうまく瞳を
隠せば、ニコル・ジラルドは完成だ。
 待ち人は、ニコルの前で立ち止まった。自分のように様々な葛藤に縛られた苦悩では
なく、純粋に愛する人が去ってしまったから浮かべる消沈の表情。そんな顔をするなら、
あたしのことだって考えておくれよ―――今にも吐き出しそうな本心を必死で押し殺し
て、軽口を叩いた。

「ちぇ。やっぱり予想通りだ。情けない顔してるよ、杏里」


















晩春物語
『フィーネ・プリマヴェーラ さよならイゾルデ!』




 THE END

137 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/09(日) 00:55 ID:7f3S.TsA
???月別に貼られてた。おじさんは悲しいぜ。(少し笑ったがw)

       ___
     /      \
    /   ⌒   ⌒\
  /     ,(⌒) (⌒)、\    マスクドシャンハイ買ってきたお!
  |     /// (__人__)/// |   
  \      ` ヽ_ノ   /   
    ヽ    , __ , イ
    /       |_"____
   |   l..   /l´マスクド上海`l
   ヽ  丶-.,/  |_________ |
   /`ー、_ノ /       /

         ___
       /      \
      /ノ  \   u \ !?
    / (●)  (●)    \ 
    |   (__人__)    u.   | クスクス >
     \ u.` ⌒´      /
     /       __|___
    |   l..   /l´マスクド上海`l
    ヽ  丶-.,/  |_________ |
    /`ー、_ノ /       /
         ____
.< クスクス  /      \!??
      /  u   ノ  \
    /      u (●)  \
    |         (__人__)|
     \    u   .` ⌒/
     /       __|___
    |   l..   /l´マスクド上海`l
    ヽ  丶-.,/  |_________ |
    /`ー、_ノ /       /

138 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/09(日) 20:38 ID:???
マスクドは普通に良作なのになぁ。
嘘屋だというだけで差別されるのは悲しいな。

139 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/11(火) 02:21 ID:???
B級ってのはそういう扱いされてこそだろう
笑われながら胸を張れ

140 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/12(水) 00:15 ID:???
あれはマスクド発売日辺りに嘘屋儲が出張したのが原因だと思う
それから>>137みたいな流れになってる

141 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/12(水) 00:36 ID:???
今もだが、発売日は特に浮かれすぎてたからなあ
外から見れば「何してんの…?」だろうし

142 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/14(金) 17:06 ID:???

           ヽ(`・ω・´)/<チハ坊、死なない程度に吹き飛ばしてやれ!
        ____r_―_―_:ュ___r;___
          `\_ヘ,i_ ̄___:i__〃_}{/"
          i :i:' `'r=====ュ''´ :i: i
            i :i:   || ◎ ||   :i: i .oO(ご主人様興奮してるけど、
         __,i_:i:__ 、,‐゙┘:シ__,:i_:i__ 輝石のことはどうでもいいのかなぁ……)
        /'  `:,:=‐‐=:'" :! ̄_,r=ヽ_  :i:\
      ――ュ__,/. L ,,! i,',_, :i_-、_゚','ノ-' ,r――
     :::―:::,_i   ̄,,,...、、 ◯ 、、..,, _ ̄ ̄i_,:::―:::
     i::三::ii i ̄        ̄       ̄:l ii::三::i
     i::二::iL!‐i ̄ ̄ ̄ ̄'C' ̄ ̄ ̄ ̄l‐Lii::二::i
     i::三::i,:'、____________,/、i::三::i
     i::三::i                       i::三::i
     ` ̄ ´                      `  ̄´

143 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/14(金) 22:44 ID:???
《  ミ、 \             /          ィ乍 "           | }}
.ヘ   _  ヽ             /         ィ豸"               ∧}}
. ハ(゚)  X                    ィ孑´                ∧ノ
 ∧    キ、                 ィナ''                ∧/
./ |ミヽ、  ヾ               〃'      _           ∧ミ
::::::∧` "'=、_ \            /{''      (゚ )          ∧三
::::/ ∧   `¨`‐           斤λ        ̄         ィ彡' /
:/:::::::∧    ≠          ∠-―≧ェ、_        _,ィ≦-― ´
::::::::::::::∧                 "'''      ̄¨¨¨¨ ̄ ̄ ''´´   _-ニニ
::::::::::::::::::::>、    |                         _ -フ/   /
:::::::::::::::/ ヽ、  〈                         _,.、‐''/  _,.'" :::
::::::::::/    `ヽ、_\  _                  _,.、‐'"/:.:./   '" ::::::::::
:::::/        `ヽ、_                 _,.、‐'" :/ /./ _,. '":::::::::::::::::::
/             ~ヽ、,__.  _   _,.、‐'" : : : :/  /_,. '":.:.:.:::::::::::::::::::::
                `\` ̄\ ̄¨¨ : : : : : : / _彡‐'":.:.:.:.:.:.:.:::::::::::::::::::::
                  ` ‐- ` ー…− ¨≦.:´:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:::::::::::::::::::

144 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/16(日) 00:07 ID:???
    ,..-──- 、     
    /. : : : : : : : : : \    
/.: : : : : : : : : : : : : : ヽ    
  ,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :',
  {:: : : : :i '⌒'  '⌒' i: : : : :}  
  {:: : : : | ェェ  ェェ |: : : : :}      
  { : : : :|   ,.、   |:: : : :;!    
 ヾ: :: :i r‐-ニ-┐ | : : :ノ     
  ゞイ! ヽ 二゙ノ イゞ‐′    
-----------------------------------
 道化師の男 「こんにちわ、ギー」
-----------------------------------

145 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/16(日) 00:07 ID:???

  ヽ( ゚∀゚)ノ        ヽ( ゚∀゚)ノ       ヽ( ゚∀゚)ノ
   (グ )ヘ        ヘ( リ)         (ム )ヘ
   <               >         く

-----------------------------------
 ギー (ああ、視界の端で―― )
-----------------------------------


146 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/03/18(火) 23:11 ID:???
↓F ↑            /. : : : : : : : : : \           
↓C ↑           /.: : : : : : : : : : : : : : ヽ
↓入↑          ,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :',         
↓会↑          {::: : : :i '⌒'  '⌒' i: : : : :}
└─┘             {:: : : : | ェェ  ェェ |: : : : :}         
.          , 、      { : : : :|   ,.、   |:: : : :;!
   .     ヽ ヽ.  _ .ヾ: :: :i r‐-ニ-┐ | : : :ノ          
          }  >'´.-!、 ゞイ! ヽ 二゙ノ イゞ‐′
          |    −!   \` ー一'´丿 \           
         ノ    ,二!\   \___/   /`丶、
        /\  /    \   /~ト、   /    l \


-------------------------------------------------------------------
 視界の端で踊る幻が 
 また、指をさした気がした。
-------------------------------------------------------------------

147 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/07/07(月) 02:58 ID:???
『霞外籠ってどんな感じ?』という友の問いに、間もなく『そりゃ勿論――』と応じるかに見えて、
青年はその先に継ぐべき語を持たず、掠れるままに語尾を飲み下した。
 これは何も青天の霹靂の如く、彼が前触れも無く唖と変じた為にでも、用うべき語彙を喪失した
ことによるものでもない。そればかりか、身の内には荒ぶる濁流にも似た言の葉が渦巻き、不断より
事あらば噴き出さんとする想いの遣り場に苦慮しているほどの彼なのだ。エロゲヲタの端くれと
して、いつでも一講釈打つ覚悟はできていた。――にも関わらず青年を逡巡させたのは、卑しくも
霞外籠スレに、ひいては嘘屋スレに身を置く自分であるからには、一つ気の利いた、我と同じく
訓練されたエロゲヲタであるところの友をせいぜい喜ばせ得るような、似非文学的な注釈でも付与
すべきかと思い至ったが為である。
 だが青年の思惑をよそに、友は答えが得られずとも構わぬと、数瞬後には他の萌えゲーに目移り
していた。ここで話を引き戻し、鍵や曲芸を論じる友と一戦交えても何ら得るところはない。青年は
失策を認め己の迂闊に恥じ入ると、ただ心根のままに独りごちた。
『(;´Д`)お手伝いさんハァハァ

148 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/07/08(火) 21:59 ID:???
諸君 私はライアーが好きだ
諸君 私はライアーが好きだ
諸君 私は嘘屋作品が大好きだ

ちょーイタが好きだ ぶるまーが好きだ ラブネゴが好きだ 桃象が好きだ
リロリロが好きだ じゃんまげが好きだ 七橋が好きだ メガラが好きだ サルバが好きだ

幕末の京都で 巨大学園船上で とうかんもりで セイファートで 新宿で
地獄西部で ミクロの体内で 《未知世界》で 渋谷で オオエドで
その舞台上で描かれる ありとあらゆる嘘屋作品が大好きだ

右手を伸ばしたポルポルの一撃が 轟音と共に《奇械》を吹き飛ばすのが好きだ

空中高く舞い上がったウルメンシュが 蒼天を駆け巡る時など心がおどる

よしこ の操るチハたんの57mmが 悪仙人を撃破するのが好きだ

悲鳴を上げて葉月を犯した教室に立て篭もったロミオが
ゾンビの仲間入りをした時など胸がすくような気持ちだった

掛け声をそろえた早川応援団が 平和な町を蹂躙するのが好きだ

恐慌状態の新参が幼いドライブにCDを入れず 何度も何度も質問している様など感動すら覚える

懐古主義の古参兵達が「昔の嘘屋は」とぼやく様などはもうたまらない

逆鱗に触れた杏里がクローエの振り下ろした踵にのされ
金切り声をあげるヘレナさんをなし崩しに押し倒すのも最高だ

哀れな声優が しっぽ遊戯で 健気にも熱演した中でも
メカニックのルーシが艶めかしい声で あえいだ時など絶頂すら覚える

セーラにうんこうんこと 滅茶苦茶に罵られるのが好きだ

名作のはずだった作品が値引きされまた値引きされ
売れ残っている様はとてもとても悲しいものだ

大作の物量に押し潰されて埋没するのが好きだ

アンチに粘着され 未だにバグゲーメーカーと言われるのは屈辱の極みだ

諸君 私は作品を どこまでもニッチな作品を望んでいる
諸君 私と共に往く嘘屋信者諸君 君達は一体 何を望んでいる?

更なる売上を望むか? 情け容赦のない糞のような地雷を望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし 三千世界の鴉を殺す嵐のようなバグを望むか?

『喝采せよ! 喝采せよ! 喝采せよ!』

よろしい まずは喝采だ

我々は満身の力をこめて 今まさに振り下ろさんとする握り拳だ
ただこの暗いスレの底で十年もの間 堪え続けてきた我々に
ただの喝采では もはや足りない!!

大公爵よ! 一心不乱の大喝采を!!





















  ヽ、_丿         / ⌒ヽ        ノこ__,
 `ニ<  ミ-ヽ、     (( ハ  )      __イ  >z
  `´彡ミ-L ` ̄`ー(′  l )ハーー´  彡ミミ
       \ヽ 、 /( 冫 人  )ヽ、 ´ノノ´
         \、/((  (  ハ) )〉 ン/
          //  `丶ー  ノ \く
        // |        \ \

 『お〜、よしよし。可愛いですねぇ。耳がピクピクしてますねぇ』

149 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/07/09(水) 00:41 ID:???
……で、ROUND a GO GO! はどうした?

150 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/07/09(水) 00:54 ID:???

ここで>>199の名文には比ぶべくもないが、俺も似非文学的に
霞外籠の「ぷろろおぐ」なるものを書き起こして見ようと思ふ。




『吾輩は築宮と言う。過去は思い出せない。
 どこで溺れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でぎゃーぎゃー喚い
ていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて司書というものを見た。然もあとで
聞くとそれは鬼女という「旅籠」中で一番獰悪な種族であったそうだ。この鬼女という
のは時々我々を捕まえて精を吸うという話である。然しその当時は何という考もなかっ
たから別段恐ろしいとも思わなかった。但後肛に指を挿れられてづるりときた時何だか
著しい違和感と快感が有ったものである。叫びながらどうすることもできず司書の顔に
叩きつけたのが所謂顔射というものの始であろう。この時非道いものだと思った感じが
今でも残っている――――。』


151 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/07/09(水) 00:55 ID:???

便乗

私はこの冒涜的な旅籠を初めて目にした時、慄然たる思いを禁じえなかった。
その建築様式においてお手伝いさんが自ら臆面もなく彼女の退廃的な趣味に対する、
唾棄すべき暗い情熱を誇らしげに語る様はさながら地獄めいたものであった。
あまたのお手伝いさんの仕事のうち、最悪のものは一片とてここに記すわけにはいかない。
お手伝いさんの崇拝する、肥大した双丘と異常極まりない痩身があたかも戯画化された
人間を思わせる悍ましい令嬢との妄想の中での交合はお手伝いさんの人間的退行を
如実に示すものであり、彼女の淫汁にまみれた性器はそのためにのみ存在した。
だが、神は慈悲深くもお手伝いさんを粘液質の液体によりじっとりと湿り、
狂気に侵された琵琶法師の作としか思えぬ吐き気を催すような存在をモティーフとした
屍肉食の甲虫の薄羽の如く艶やかな戯曲と如何なる呪われた地に産する
樹木から採れるとも知れぬ樹脂から造られた鬼女の手が飾られた壁に囲まれ、
蘚苔類とも菌類ともつかぬものに床一面を覆われた厭わしいジャングル風呂に引き篭もらせ、
胸の悪くなるような湯ノ花臭満ちる風呂場を除いては、あらゆる部屋の賑わいはお手伝いさん
のものではないこと、 名状しがたい平行感覚による建築物を除いては、あらゆる着飾りは
お手伝いさんのものではないこと、 狂気と倒錯に満ちた酒場を除いては、あらゆる浮かれ
騒ぎはお手伝いさんのものではないことをお手伝いさんに自覚させた。
それゆえ、私が忌まわしくも現実においてお手伝いさんと出会うことは未来永劫ありえぬことだ。
どうかこの書き込みを見るものは人類の安寧のために、即刻削除依頼を出して欲しい。
どこからか精神を病んだ渡し守さながらの、知性宿らぬ獣じみた声が聞こえる。
いや、なぜだ。お手伝いさんが私の家を知るはずがない。ああ!窓に、窓に!


152 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/07/09(水) 00:55 ID:???
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           O 。
                 , ─ヽ
________    /,/\ヾ\   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_   __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/'''  )ヽ  \_________
||__|        | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从  | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\  /   ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/     = 完 =


153 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/08/13(水) 02:21 ID:6uCbaGAg
ここの絵はかなーり貴重だと思う。
ttp://pipa.jp/tegaki/VSearchBlogByTag.jsp?GD=7555

154 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/09/10(水) 09:08 ID:???
鳩ブログ。
ttp://hato-blog.jugem.jp/

155 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/10/04(土) 09:28 ID:???
問.次の9つのキーワードの内6つを使って、意味の通る文章を完成させなさい。

怪異
失われたもの
回転悲劇
熱く滾り焦がれるもの
バスカヴィルの魔犬
明日を奪うもの
唯一生き残ったおとぎ話
タタールの門
黄金瞳

156 名前:名無しさん@うそつき 投稿日:2008/10/04(土) 09:29 ID:???
「バスカヴィルの魔犬」事件から三日後。
変わらず昏々と眠り続けるシャーリィを見守るメアリは、嘘のような静寂の中、
それまで当たり前のように享受していた「失われたもの」を思っていた。
……何故、どうしてこの娘が苦難に見舞われなければならないのか。――このあたしではなく。
あのおぞましき「怪異」……「明日を奪うもの」たちが刻んだ恐怖は、今もこの身を蝕んでいる。
けれど、そんなことはどうでもいい!
この物静かな――今は文字通り無表情となってしまった――かけがえのない少女が、また、微かな笑みを向けてくれるならば!

そしてその内にメアリは、己の内に在る「熱く滾り焦がれるもの」を自覚した。
かつてと変わらない薄桃色の頬。そして金糸に彩られたシャーリィの、薔薇の蕾に魅入られたのである。
……ただふたりきり、ロンドンの喧噪からは置き去りにされたこの部屋に自分達はいるのだ。
今ならば誰もいない。あの忠実なメイドも、主の守護という役目を預けたまま、もうしばらくは戻らないだろう。
それに「唯一生き残ったおとぎ話」とやらが、《眠り姫》ではないと誰が言える?

「あたしは王子様ではないけれど……いいよね、シャーリィ?」

……そうして得られる筈のない許しを願って、メアリは、また一つ罪を重ねた。

名前: E-mail(省略可)

read.cgi ver4.20 (2001/7/31)